堤防の上を舞うスカートとそれを追う、俺。
繋いだ手は緩く離さない為だけの力で。
「ちょ、危ねぇって」
いつだって好奇心のままに動く彼女に幾度となく言い放った言葉を投げる。
ポーズだけの言葉を受けて淡い笑い声が上がる。
神様がいるのなら今この瞬間に世界を終わらせて欲しいと思った。
辿り着いた海。
前を歩く彼女に手を引かれたまま暗い海へと歩いていく。
靴下とローファーを脱ぎ捨て海に足を付ける。分かっていたけれど3月の海は酷く冷たい。
「優斗」
「東京、いくんでしょ?」
こちらを見ることなく落とされた死刑宣告。
彼女と過ごした数年でそれを知ればこうなると分かっていた。二兎を追った俺はそうなることが嫌で必死に隠していたけれどプライバシーの欠けらも無いこんな片田舎じゃ知られているのも当たり前か。
沈黙は肯定。
「そっかぁ」
無感動で平らな声。
彼女が纏う紺色のセーラー服。胸ポケットに刺さったピンクの造花には「卒業おめでとう」の文字。伸びた身長分丈の短くなったスカート。
俺たちが学生でいられるのは今夜が最後。
田舎だからこその星空は憎いほど綺麗に澄んでいた。
風の好きなようにさせていた髪を耳にかけて彼女が振り返る。足元から伝わる温度に心を落ち着かせるよりも先に彼女が切り出した。
「別れよっか」
その言葉に問いかけの意味はなく彼女の中で既に決まったことだった。
始めたのは君だったからせめて俺が終わりにしたかったというのに。ヘタレな俺は何も出来ずに全部君に押し付けたまま突っ立って、君は全部分かってなんでもない顔して立っている。
目は口ほどに物を言う。
君の瞳が俺への愛を語る。
それがどうしようもなく悲しかった。悲しくって、それでも愛おしかった。
「怒って、傷つけろよ。意気地無しって」
いっそ詰ってくれれば良かった。
こうなることを予測しつつもいざそうなれば一緒に来てくれるんじゃないかって、
来てくれなかったとしても俺を信じて待ってくれるんじゃないかって、
人の少ない海辺の片田舎と人の行き交う大都会。
お互いに離れているということは同じでも不安になるのはどう考えても彼女のはずなのに。
それでも俺は夢も彼女も諦められなくて
「好きよ、」
優しい顔で彼女が微笑む。
いつだって彼女は大きな愛で俺を許してくれる。
終わりの今でさえ変わらない愛が嬉しくて、変わらない態度が憎かった。
「泣かないで」
彼女の白魚の手が俺の頬を辿るからその手に寄り添うように手を重ねる。
「すきだよ、ずっとそばにいたい」
この制服を纏って無垢な子供の振りをしていられるのは今夜が最後だから。
俺は馬鹿だからこの言葉が彼女を傷つけると知っていて言葉を紡いだ。
どうかお願いだ。
この言葉がつける傷が痛む度に彼女が俺を思い出してくれますように。
死ぬまで君が好きだなんていって未来を確約出来やしない子供の言葉。
まだ十代の俺達は今後もっと沢山の人と出会うだろう。
今は互いが1番かもしれない。
でも今後もしかしたら互いよりもいい人に出会うかもしれない。
離れた土地で知らぬ間に変わっているかもしれない愛に怯えるくらいなら、
そういうことなんでしょ、
存外わかりやすい君のこと、言わなくたって手に取るように分かった。
「終わりにしよう優斗、」
これがいつか終わるかもしれない恋だとして、それでも今は変わらぬ愛だとこの心を丸ごとくり抜いて彼女に見せてあげたかった。
「それでもずっとそばにいたいと思うよ」
永遠を無邪気に信じられるほど子供じゃないけど、
「それでもほんとにすきなんだよ」
まるで雨のように大粒の涙が零れる様を見ていた。
「わたしもすきだよ、ずっと」
でも、でもね、
「優斗との日々を綺麗な思い出のままでいさせて」
「優斗を嫌いになる前に、終わりにさせて」
これがきっと映画なら私はきっと優斗を信じて待つべきなのだろう。
でも私は健気に待ち続けていられるほど可愛げのある女でも、彼が私だけを好きだと自信を持って言えるような女でもなかったから。
ねぇ、でももし
永遠を誓えるほど大人になったその時にまた出逢えたら、その時は私と誓ってくれる?
海風が吹くような束の間に私が敢えて置いていた距離を埋めて彼の両腕に捕えられる。いつだって優しかった彼が、強く強く私を抱き締めた。
「最低、」
嘲り笑うような口調とは裏腹な抱擁の中で深く息を吸う。優斗のことを無条件に信じていられる今、この瞬間に死ねたらと思った。