全てが眠る午前3時。
浮き足立つ心を押し留めて密かに家を抜け出した。
ぬるい風が頬を撫でていくのにも構わずに走り出す。
いつもはうるさく吠える犬が寝ている横を抜けて行けば街灯に薄く照らされる白い背中。
「おっせーぞ!」
優斗くんの笑顔がチカチカと瞬く。
それが彼を照らす街灯のせいなのか、息切れのせいなのか、はたまた心臓を打つ恋心のせいなのか。
私には全く分からなかった。
「ほら、いくぞ」
優斗くんに促されて自転車の後ろに乗る。
少しの躊躇いの後、優斗くんの白いTシャツを掴む。
「わ!」
ぬるい風を切って走り出した自転車。
「ばか、ちゃんと掴んどけって!」
大きな手が私の手を引くから、意を決して優斗くんの腰へ手を回した。
薄いTシャツの下、女の子とは違う筋肉質な体と制汗剤かなにかの爽やかな香り。
お酒なんて飲んだこともないけれど。
きっと酔ったらこんな気分なんだろうと思った。
優斗くんの大きな背中にそっと頬を当てる。
びくりと優斗くんの体が大きく跳ねて閑静な住宅街にひっくり返った声が響く。
「何してんの!?」
いつもなら出来ない様な大胆なことが出来たのは、この非日常な空間と当てた耳から伝わる拍動のおかげだった。
ばくばくと大きな音を立てているのは私の心臓か、それとも優斗くんの心臓か。
「いや?」
恐らく、否定しないであろうことを言えば案の定押し黙ってしまった優斗くんに笑い声を零す。
段々と大きくなってしまった私の笑い声にどこかの住人が反応して怒鳴り声が上がる。
「ああもう!捕まっとけよ!」
立ち漕ぎになれば私がしがみつきにくくなるからか、あくまでも座ったままにギアを上げる優斗くんがそう声を上げる。
その直後に世界の流れるスピードが変わる。
この逃避行が終わったらなんて言おうか。
そんなことを考えながら私はさらに強く彼を抱き締めた。