「何読んでるの?」
伸びた前髪の隙間から覗く瞳が文字を追う。
本を読んでいる時の彼はそばに居るのに少し遠くてそれが少し悲しかった。
実際、本や映画を見て様々な生き様を見ている時の彼はまるで空から人々を覗く人ではない何かのような、この世界の本当を知っているみたいな顔をしていた。
「なに、どうしたの」
「寒い、」
近くにいるのに手の届かない薄い膜の先に蒼弥くんがいることが悲しくて低めに設定されたエアコンのせいにして、蒼弥くんのそばに寄る。
寒いと言った私のためにブランケットをかけてくれるその愛を甘受しながら、彼の読む小説を横から盗み見る。
私にはやっぱり良さが分からなくて、彼と同じ世界が見れないことに気づきたくなくて目を閉じる。
「眠い?」
頭を撫でる優しい手に体を預ければ2人の体温が混じり境目もなく溶けていく。
現実と夢の狭間でふと額に感じた温度にそっと口角を上げる。
分かり合えなくたって愛していた。
彼を彼のまま、丸ごと全てを。
どっと笑い声の溢れるテレビ。
いつの間に眠っていたのか汗を吸ったTシャツがまとわりつくのが億劫で手だけでリモコンを探す。
そしてテレビから零れた笑い声が夢で見た彼のものだと気づいた。
「デビュー、したんだ。」
反射的に上半身を起こして画面を見る。
別れてから就活や新しい環境と、すっかり忙しくなってしまったから知らなかった。
顎から垂れた水分が汗なのか涙なのか、私でさえも知らないままただ眺めていた。
画面が移り変わってステージの上に立つ5人。
近い将来に伝説になる5人がデビューという通過点を最高速度で通っていく。
彼の夢が叶っていく瞬間を目に焼き付ける。
不意に、画面越しの彼が笑って視界が滲む。
私にとって、いつだって蒼弥くんは眩しく輝く一番星だった。
照れると口数が少なくなる所も、寝起きの柔らかい表情も、シャワー後の香りも、優しい手のひらも。
もうきっとほかの誰かのためにあって、私はいつしか蒼弥くんに貰った愛も言葉も全て忘れてしまうだろう。
壊れないように、無くさないように大事にしまったはずのたからものたちが零れて消えていくことを恐ろしく切なく思う。
でももう、それでも良かった。
彼という愛を手放しても尚、脈打つ胸に手を当てる。
蒼弥くんから貰った愛や言葉、眼差し。
その全ては私の血に、肉に、骨に溶けて、私の一部になっている。きっと私の身体は、半分以上が彼から貰ったものでできていた。
画面の向こうで蒼弥くんが笑う。
眉と目尻の下がった無防備で無垢な、幸せと愛に満ちた笑顔。
ステージの上で大事なひとたちと笑う、貴方のその笑顔を今日も見ていられるのならそれだけで幸福だと思えた。
あなたという温もりを失った日々はまだ少し寒くて、蒼い色をなくしてしまった景色には慣れない。
それでも私はもう、迷わずに生きていける。
貴方に貰ったものは確かに私の中にあって、蒼弥くんは大事なものの中で変わらずに幸福でいてくれる。
だから歩いて行ける。
私にとって蒼弥くんはずっと、いっとう綺麗に輝く一番星だ。
例え近くにいれなくても、姿が見えなくても蒼弥くんが変わらずそこで輝いていてくれるから私はそのやさしい灯りを頼りに歩いていける。そう、思った。